日本国の正統性

 

 ほとんどの日本人は、「国家の正統性」などということを考えたこともないだろう。その理由として、私はつぎのようなことを考えた。

 

・国土のすべてが海に囲まれていて、他国と接する国境線がない。

 

・国内のどこでも日本語が通じるし、日本語以外の言葉がほとんど通じない。

 

・民族間の対立がない。

 

・生命をかけて闘うような宗教間の対立がない。

 

・生命をかけて闘うような政治勢力や思想の対立がない。

 

・世界で一番長いと言われる皇室制度があり、多くの人が暗黙のうちに支持している。

 

 

 これらの理由は今の日本人からすると当たり前のことであり、ことさら意識することでもないだろう。しかし、江戸から明治への動乱期、鳥羽伏見の戦いにおいて、幕府軍は圧倒的な兵力を持ちながら、新政府軍が掲げる錦の御旗を遠望したとたんに、浮足立ち、退却をはじめてしまった。

 

 大阪城において指揮をとっていた総大将徳川慶喜も、大阪湾に停泊していた幕府軍艦開陽丸で江戸に逃げ帰ってしまった。錦の御旗を掲げた新政府軍と戦って、もし勝ったとしても、末代まで朝敵の悪名免れ難いことを恐れたのである。

 

 その後、朝廷から慶喜追討令が出され、旧幕府は朝敵とされた。それを見て、欧米列強は局外中立を宣言し、旧幕府は国際的に承認された唯一の日本政府としての正統性を失なってしまったのである。

 

 戦国時代においても、天下をねらう大名たちは、京に上ることを目指した。それは朝廷の権威を利用して、天皇の名において天下に号令をかけ、実質的な権力を握るというのが、日本における天下獲りだったのである。

 

 第二次世界大戦において、負けたとはいえ日本はアメリカを中心とする世界と戦った。その後、一丸となって奇跡的ともいえる経済復興を遂げ、短期間に世界第2位の経済大国になったのである。だから今の日本という国の正統性についての議論は、国内にも世界にもまったくない。あまりにも自明のことなのである。