初の独立国家「大韓帝国」

 

 1895(明治28)年に日清戦争の日本の勝利によって、朝鮮半島は中国からの独立を獲得し、1897年に国名を「大韓帝国」と改めた。国王も中国に遠慮することなく「皇帝」を名のることができた。

 

 大韓帝国は部分的に近代的な国家の法やシステムを取り入れてはいたものの、本質的には王朝国家としての李朝をそのまま引き継いだものであった。

 

 朝鮮半島には、日本やヨーロッパのように武人が支配する封建制国家の歴史がない。中国と同じように、古代以来の文人官僚が政治を行う王朝国家が、延々と近世に至るまで続いたのである。

 

 独立国家となったとはいえ、大韓帝国に国家を統治し経営する能力はなかった。ロシアはますます利権の獲得、内政干渉を強めた。高宗は親露派官僚によってロシア公使館に身柄を移された。それに対して開化派官僚を中心とする独立協会が結成され、反ロシア闘争が推し進められた。

 

 朝鮮半島の帰属を争い、日露戦争が勃発、日本は戦後、大韓帝国と第二次、第三次日韓協約を結び、1910年には日本が大韓帝国併合し、大韓帝国は消滅した。